祈りの美 唐紙の芸術性について(2010年)
数年前に「星に願いを」という作品を発表してから続けている西洋の点描と東洋のたらし込みを交じり合わせる独自の指染めが数万回和紙の上に降り積もることにより作品が生まれる。ぼくは、ここに二つの自然の美そのものと、感謝と祈りをこめて、「今を生きる唐紙」として表現しています。
一つは、ふぞろいの美。
山川草木悉有仏性という思想が根底にあり、世界が平和で幸せでありますようにと祈りながら、目指して辿り着いた気配のある唐紙の姿は、数万回にもおよぶ無数の色の点をたらしこみの如くにじみ混ぜ合わせることによって生まれ、世界に1つの渦巻く指紋をもつこの手で染めた光です。たらしこみの妙は、ふぞろいであり、未完であることから、技術や意識を超えたものが生まれます、ぼくは、水のカミさまや代々の先祖、唐紙を愛してくれた数千数万の魂とともに唐紙と向き合う中で透明な通り道であろうとします。つまり、自分…私から離れることに意味があり、無になる…自分を消すということです。このことが結果として表れるモノのクオリティとステージをあげてくれるのです。
もう一つは、多様性。
異なるものが混じり合う中の純度と美の価値観。緑の山は単に緑ではありません、いろんな葉、枝の色、土、鳥や蝶たち…無数の多種多様の異なるものが調和して山の緑は表れています。色を重ねにじませることにより到達するふぞろいの中の美しき色をこうして見つけるようになったのです。変化を受け入れることと、多様性の中から生まれる価値は、ものごとの進化に繋がるとぼくは考えています。
11代を数える唐長。10代遡ると先祖は父母だけでも千を数えるというが、家だけではなく、代々の唐長の仕事に携わり貢献した人や家族を考えると数千を数え、そして、唐紙を愛で共に歴史をつくってきたお客さんとその家族たちを数えると優に数万を超える魂のおかげで今この唐紙をつくることができます。そういうことに感謝を重ね有難うと、1つ1つ色を重ねる行為が、ぼくの中では、数万回染めるということに繋がります。
「トトさんの染めは、やがて世界に福(幸せ)がきたるという祈りがこめられた技法です、指腹と至福をあわせることからも『しふく刷り』としましょう」と、有り難いことに文化庁の筒井先生から命名されました。四百年続いてきた伝統の唐紙の歴史の中で生まれたアートの道は、ぼくにとって、世界と未来へと旅する為の切符です。暮らしの変化に伴い和室や襖はどんどん失われています。あってはならないことですが、仮に、百年後、日本の暮らしから全ての襖が消えてしまったとすると、襖と共にあった唐紙はこの世から忘れ去られてしまいます。しかし、人が生きている限り美(アート)は消えることなく存在し続けますので、日本だけはなく世界中に百年後も千年後にもアートとしての唐紙は残ります。
つまり、ぼくは未来へ唐紙を伝えた、ということに他ならないのです。変わらないためには変わり続けること、変化と多様性の中から新しい価値を見いだすことが時間をこえて伝わり続ける秘であると、ぼくは思うのです。唐紙の美は、自然を愛でる心に繋がります。唐紙に潜むチカラにより、その琴線にふれたいのです。八百万の神を感じ、自然を愛で、多様性を受け入れ進歩してきた心豊かなる日本の心は、世界に安らぎを与えるのではないでしょうか。唐紙の美を通じて世界が平和になる…つまり…唐紙には人を幸せにするチカラがあるのです。
唐紙を通じて世界が平和で人々が心穏やかで幸せでありますように…
──────唐紙師トトアキヒコ