しふく刷り丸龍
とても記憶に残る仕事でした。
なにしろ、納めた唐紙の美しさがきっかけとなり、築300年の家全体を改修することに繋がったのですから。
ある日、アトリエを訪ねてこられた方は、築300年の由緒ある武家屋敷を受け継ぐ娘さんでした。その家の襖には、私たちの先祖代々に伝わる雲鶴文様の唐紙があり、従来と同じような仕上げで修復をさせていただきました。
雲母摺の「雲鶴」の唐紙は、昔ながらの歴史を語る槍掛けのある空間に納まりました。唐紙は、品格あるその空間にぴったりと寄り添うかのように、以前と変わらずそこにあり続けています。
ちなみに、枩倉家に数百年存在していたこの雲鶴文様は、二条城本丸御殿に納めているものと同じ文様の唐紙でした。当時と同じく胡粉染地に雲母摺の唐紙で枩倉家の襖を復元しました。色や質感は異なりますが、二条城では緑青色染め地に金摺が用いられています。
修復した唐紙以外の襖には、他にも娘さんと共に選んだ文様の唐紙を納め、トトブルーとよばれる青い唐紙も相談を受けて手がけることになりました。
結果的に、300年の磁場が宿るとても力強い建築の中に、新旧あわせた唐紙を収めるという娘さんと私の試みは、うまくゆき、伝統的な唐紙と今の時代の美を顕した唐紙を融合させたこの空間は、たいへん興味深い世界として、私たちの目の前に現れたのです。
娘さんとは、伝統と今を未来へ継承する立場を担う者同士、意気投合し、今も良きおつきあいをさせていただいております。
この仕事にはつづきがあります。
唐紙を納めた後に、ご家族でお喜びいただけたのですが、お母さまが、唐紙の品格と美しさに周囲がそぐわないということになり、なんと今度は部屋と建物全体のリノベーションに取り組むことになりました。
その後、母娘さんたちの美意識のもとに、伝統的な大和棟(高塀造)は、耐震性を高めて補修され、越前の拭き漆、金沢伝統の群青壁など、私どもの唐紙とともに本物の質感を堪能する建築として見事に甦りました。
2018年秋
唐紙師トトアキヒコ